愛しくて仕方ない彼女の癖

 たまに、こいつは本当はとんでもない小悪魔で、全部わざとやってるんじゃないかって思う。そんなことはないだろうと思ってはいるが、たとえばそうだったとして、それはそれでいいかもしれないと思っている自分がいて、ちょっと嫌になった。
「祐一先輩、おはようございます!」
「おはよう、珠紀。あ、髪に寝癖がついている。少し、じっとしていてくれ」
「はい、ありがとうございます」
 勢い良く走ってきた小さい影が、珠紀の肩をばしっと叩く。が、長い間付き合ってきた俺には力なんて全く入れていないことが分かる。ま、言うまでもなく真弘先輩だ。
「よう、珠紀ぃ!」
「真弘先輩! おはようございます!」
 まぁ、いつもの通学風景だと思う。少し肌寒くなってきたからと巻いているマフラーが可愛いとか、制服の上に羽織ったベージュのカーディガンが可愛いとか、寒さに少し赤い鼻と耳が可愛いとか、そういうことならころころ出てくるが、取り敢えず問題はそうじゃない。
 なんでこいつの笑顔は誰にでも変わらないんだろう。別に俺が珠紀にとって特別じゃなく、他と一緒の“仲の良い友達、たまに守護者と玉依姫”だってことは悔しながら気付いているが、こうして毎日迎えにきて毎日一緒に登下校してれば、いくら鈍い珠紀でもなんか気付いていいはずだ。まぁ、他のやつらも同じ条件なわけだが。
 待つまでもなく、視界には見知った顔がいくつも飛び込んでくる。慎司、狗谷、それに美鶴。珠紀の左隣では常に美鶴が目を光らせていやがる。全く、どこをどうしたんだか知らないが、こうまで珠紀に張り付かれると、喜ばしいと思えなくなる。はっきり言うと怖い。
「拓磨ぁ、早く行こう!」
「はっ、相変わらずトロくせぇやつだな」
 ぼんやりしてたら、珠紀にマフラーを引っ張られた。まぁそれは珠紀だからいいんだが、狗谷にとやかく言われるのは腹が立つ。やつの足を軽く蹴って、なんとか定位置としてキープしている珠紀の右隣で歩き出した。狗谷のやつ、サボり魔ならサボり魔らしく来なけりゃいいのに。
 出来るなら珠紀と二人で登校したい。しかしまぁ現状でそれを望むのはあまりに分不相応ってやつで、俺はどう転がったって珠紀の“友人で守護者”でしかない。まぁ、これも他のやつらも同じ条件なわけだが。
 ただ一つ、俺が他よりリードしていることは、俺が珠紀と同い年で、同じクラスだってことだ。話す機会も多いし、一緒にいる時間も長い。というか、クラスでは一緒にいる時間の方が長い。不本意ながら、狗谷というオマケもついてくるが。
「珠紀」
「なぁに、拓磨?」
 前髪に紛れた、小さな白い埃。こっちを見上げる珠紀が可愛いのはまぁ置いといて、その埃を取ってやる。不思議そうな顔で、しかし抵抗もなくただ髪が目に入らないように片目を閉じる珠紀に、俺は信頼されてるんだって思って、ちょっと嬉しいような気がしないでもない。
「埃ついてた」
「ありがと、拓磨」
「おう」
 右手の中指で、長い髪をくるくると遊ぶ。ああ、これを知っていることで、俺は他よりリードしているのかもしれない。珠紀が照れたときにする、この些細な癖を。
 ちょっと視線を逸らしてから、にこりと笑う。そんな仕草が女らしくて可愛い。何をしても可愛く見えてしまうのは、結構重症な気がした。
 普段通りの通学風景だったと思う。だがこの小さなやり取りに目敏く気付いたのが一人いやがるわけだ。
 普段なら絶対に珠紀の左隣から退かない美鶴が俺の横にすっと立つ。ちょいちょいと制服の裾を引っ張られて、耳を寄せた。
「鬼崎さん、珠紀様にほんの少し意識されたからといって、あまりいい気にならないで下さいね」
「……おう」
 前言撤回、やっぱり他よりリードしてるところなんて、ないのかもしれない。