誰そ彼

 甘く香る白を、黄と赤が斑に染めていく。夕刻を過ぎれば、篝火の赤と星々の青以外に色はなく、昼にこの国を満たしていたきらびやかな碧は眠るように塗り潰される。
 千尋は篝火と星に染められた長い裾を風に翻し、あの篝火の炎を百も集めて固めたような小さな石を月に翳した。仄か月光に透ける赤い石は、千尋を導くようにきらりと光る。ああまるで彼の人の髪のよう、そうため息をひとつ落とし、硝子のように澄んだ石を割らんばかりに握り潰した。石が割れることはなく、掌に食い込む感触がただ痛かった。
 千尋はナーサティヤとの対立を望まない自らを、自分でも驚くほど冷静な目で見ていた。遠い異世界にあった日に、初めて恋をしたときなどは、愚かな程に一心不乱に想っていたものだったが、今の千尋は積もらない都会の雪のように静かだった。それが、千尋がナーサティヤへと向ける情が、ただの思慕ひとつと言ってはあまりに軽率だからかもしれない。千尋は自分でも、それを良く理解していた。
 千尋は手に食い込む石に微笑みを落とした。自嘲でもなく、かといって心からの笑みでもなく、ただ突き放したような微笑だった。
 たとえ敵国であろうとも、良い将を失うのは惜しい。統治者として、その愚直なまでの愛国心が好ましい。分かり合えずとも、彼の人の進む道には敬意を表したい。
 千尋はいつしか、ナーサティヤを見る自然の内に、王として目覚めていった。それも彼があまりに国に重きを置くからであり、千尋は内にあるそれが恋とも親愛とも取れないものだと気付いてしまった。
「恋に酔うだけの恋だったら、幸せだったのにね」
 千尋は静かに瞼を落として、次に開いた瞬間には踵を返し陣の中心へと帰っていく。青は消え、篝火の赤だけに衣が染まった。