夏虫の恋

 ぱちりと弾ける火の粉を、千尋は沈鬱な面持ちで眺めていた。高々と燃え盛る篝火に照らされ夕日色に染まった千尋の髪は表情とは裏腹にほのかな温かみを感じる色をしている。
 かさりと夏草を踏み、隣に立つ柊を一目も見ない千尋は魔性の炎に囚われてしまったかのようだ。
 千尋は火を、柊は千尋を見たままに時間だけが過ぎる。二人は絵画でも見るかの様に微動だにせず見詰め続ける。火の弾ける音と、りん、と虫が羽を震わせる音だけがじっとりと重く蒸し暑い夏の夜を満たしていた。
 ふいに千尋の咽が鳴り、空気を吸い込む音を捉えた柊はいっそうに耳を澄ました。
「夏の虫は、可哀想ね」
 千尋は小さく呟くと、柊の隻眼を見詰め意見を問うた。柊は猛々しく燃える篝火を見、それに呑まれ焼かれる醜い蛾を見た。千尋はこれを見ていたのだろう。
「何故、そう思うのですか?」
「自ら火に飛び込んで焼かれるなんて、可哀想だわ」
 柊は隻眼を細め優雅に笑って見せると、目の前を横切る小さな蛾を掴みたい素振りをした。闇を舞う脆弱な蛾は粉を撒く茶色の羽を震わせ、やがて炎に飛び込んでいった。灼熱にもがく姿は醜く憐れだ。
 自嘲的な笑みを口元に刻んだ柊は視線を千尋へ戻し、闇色に隠された手で千尋の炎に染まった髪に触れる。
「あの虫は、光の中に飛び込みたかったのではないでしょうか。翅を焼かれても、目を焼かれても、身体を焼かれても、魂が燃え尽きようとも、たった一度でも光の中を飛びたかったのではないでしょうか。全てが灰になろうとも、光の中を」
 柊の目は千尋をすり抜けて灼熱の何かを見ているようだった。
 千尋は氷の瞳で様々なものを内包したままの隻眼を射抜く。それはひどく無機質で、しかしあの篝火の様な熱情を含んでいる。
「貴方も、光の中に飛び込みたいと思う?全てが灰になっても」
「そうですね…」
 柊は考える素振りをして曖昧に笑うと、灼熱の色をしたそれを避けるように千尋の髪から手を離した。
 隻眼に映る炎がゆらゆらと揺れる。また一匹、憐れな蛾が光に焼かれた。
「私は、あれと同じですから。出来るならば最期は、光に焼かれ、醜く灰に成りたいですね」
「…蛾と同じ?」
「ええ、そうです。私はいつでも、我が君と云う光を求めていますから」
 柊は言い掛けた一言を飲み下して曖昧に笑った。
 飲み込まれた言葉は咽を下り、新たな秘密として隻眼に溶ける。隻眼は柊も気付かぬ内に秘めた恋慕に溺れていた。